振り返ってみる

2008年は急速に過ぎ去ろうとしてます。今年一年は本当
に早かったです。


実務とは机上での勉強よりもはるかに力があり、だらだ
らと長い文章を書くよりも時には価値があるように思え
るものです。

楽器の演奏も同じで、ああだ、こうだ、と言葉達者に話
すことができても実際に演奏が出来なければ何にもなり
ません。伝わりません。

JazzとかClassicは聴く人が聴けば分かるものなのです
が、それらの音楽に興味のない人たちや一般の人は何が
良いか悪いは聴いても分かりません。聴いても分からな
い人は何で判断するのでしょう。学歴ですか?
留学先ですか?知人に偉い人が居るか居ないかで判断す
るのですか?(音楽には全く関係ない部分が加味されて
いるところが私には理解できないのですけれど)

音楽以外の要素のあるなしで認めたり認めなかったりと
いうことが発生するのでしょうか。

だとすると殆どの人は本物が何かが分からないことにな
ります。機能的伝達さえ果たすことができれば何であっ
ても良いというのであるとAcousticに拘っている人はま
すます理解されない孤独感に陥らなければなりません。

これと同じように自分達が主張していたり研究している
テーマなどは相当の信念が無いとなかなか他に認めても
らえそうにありません。特に社会での実践を長く経験し
実務的なスキルを兼ね備えている人達は理論と勉強だけ
で組み立てられた話など聞きたくもないでしょう。

私たちの授業の中には理論や知識だけではない「実践」
と書かれた授業も沢山あります。こうした実践向けの
授業では社会人経験者が能力を発揮しやすいようです。

こんなふうに社会人大学院はさまざまな経験と実務を持
った人たちだけでなく学部からやってきた院生も居るの
で思考がさまざまです。

企業を長くやってこられた人の思考は常に成果主義的で
ビジネスの頭です。行政の人は書類的な思考です。
体裁が整っていれば内容は二の次です。
私のように音楽を長くやってきた人は(院生の中で私だ
けですが)クリエイティブな思考が殆どでビジネス的思
考はありません。

ほとんど無いということも有りませんが、統計や評価学
、社会調査論などはとても面白く新鮮です。

それで、こうしたさまざまな思考を持つ人たちが集まっ
ているわけですが、一つの説とか提案などが受け入れら
れるには一々裏付けといいますか、権威付けをしなくて
は信じてもらえない、受け入れてもらえない、というと
ころがあり、、疲れますねぇ。

ワークショップのような形で意見交換や企画ものなどを
取り扱う時などは、最も政治色が色濃く出てくる瞬間で
、誰の意見が正しいのかはその人の現在の立場でほぼ決
まると言っても過言ではありません。

結果が定量的に出せるものである場合は他を説得させや
すいので、それほど裏付けは必要ないと思いますがこれ
が、定性、質的なものになると一般化ができないのでど
う伝えるかで悩みます。もっともバイアスがかかってし
まうところといえます。

このように、ひとつの答えが数字で現れるというもので
はないために立場や学歴や声の大きさや弁のたつ人が正
しくなってしまう可能性が大なのです。(こうしたこと
はネットの社会でも起こりがちですが、今は触れません


こうしてみると学問の純粋さやアカデミックさはあまり
見受けられないのでしょうか。

こうなると高額な月謝を払うよりは役に立つ資格を取っ
方がましかもしれないと時たま思うようになるのは私だ
けではないと思います。

今年の4月から沢山勉強をし色々なことを知ることがで
きています。しかし、なんでもかんでも役に立たなけれ
ばいけない、というのは企業的思考だったりすると最近
思うようになりました。

時にはアカデミックでも良いと思います。私のように
これからも実社会に出て何かの役に立てるとも思いま
せんし、仕組みを作ってお金儲けができるとも思いま
せん。今までも、これからも自分のできることは限ら
れていると思うのです。やっぱり音楽とピアノの演奏
しかできないと思うのです。

色々なことが分かった一年でした。


北陸は雪なのでしょうか。。。。。

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