集中講義

前期最後の集中講義は「評価」の授業を取って
みました。費用便益の必要性の有る無しやを、
学んでいます。そして本日、試験を受けて前期
の授業が全て終了しました。
お疲れさまでした。


評価を巡る論争では-----もともと評価はインパクト
評価とほぼ同義語とみなされ、保険医療、教育、社会福祉
などの分野で発達してきた歴史がある。その一方、費用-
便益評価は、経済学の分野で洗練されてきた分析手法であ
る。したがって、インパクト評価を実施した後に、その評
価結果を使って費用-便益分析までやるべきかどうかにつ
いても以下のような論議がある。

「行政は、複数の代替案の中から一つを選択せねばならな
いという場面にしばしば直面する。そのとき、それぞれの
試行の結果、就職率が○%改善した、疾病率が○%改善し
た、学力が○%改善した、と成果を報告されてもその情報
から一つを選ぶことはできない。ここで、貨幣価値に換算
してあれば、同一の基準で比べることが可能となり、
(完全ではないにしても)合理的な選択に貢献することが
できる。」(Jodrph Wholey,アメリカ評価学会での発言)

貨幣価値に換算できないからこそ、行政が実施しているの
だ。だから、我々評価者は、貨幣価値に換算することまで
やるべきではなく、インパクト評価で終了すべきだ、とい
う発言がある。(Mark Lipsay, Ealuator's Instituteの
トレーニングで)

もちろん、どちらが正しいかを結論づけることはできない

ただし、アメリカで行われた実験モデルを使った評価約
200件のレビューによると、その半数以上においてインパ
クト評価のあと、費用-便益を行うことは非常に稀だった
と言わざるを得ない。少なくとも日本においてはもっと頻
繁に、施策実施後の評価における費用-便益分析が行
われるべきであろう。---
(「政策評価の理論と技法」より)


しかし、何といっても倫理的な問題があるわけです。何で
もかんでも費用便益分析ができるというものではありませ
ん。貨幣価値に換算できるものとそうでない物がある、と
いう事くらい判断ができなければオカシイという常識位
は持っておきたいという事です。
また、最新の評価法はそんな統計検定や便益分析なんぞは
必要無い、という所も増えているようです。



セクハラ、アカハラ、キャンハラ、パワハラなど色々と有
るようですが、こうして並べてみるとハラハラすることが
多いようですね。しかし、お金も労力もそれなりに頭も使
っているのだから、「気」まで使っちゃあいけない、と親
が言っていたので、この歳になって気までは使いません。


やはり、一度は社会に出て、企業なんぞで働いて実務を経
験して、そして勉学を思い立ち大学院を志してみるという
のは、学部から残るよりも遥かに新たな展開が待っている
と言えるのではないでしょうか。

一時期、民間企業から校長先生を選ぶことをやっていたと
思うのですが、今どうなっているのでしょうね。先日、そ
ういった方がゲストスピーカーで大学院へやって来られて
その方のお話を伺うことができました。

今や模範的な学校となって全国から毎日のように見学者が
訪れているようです。

その方が言っておられたのは「何せ、一つのことを決める
のに、1ケ月から2ケ月位かかる」のだそうです。企業でそ
んな事をやっていたら、仕事にならない。それに、服装も
短パンをはいて来たり、仕事をやっているという自覚がな
い。「僕が着任した時、まずは先生方の服装からなおして
もらいました。」

なるほど。今や偽装は食品だけでなく、先生までも偽装で
すからね。










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